試合後、コーチや保護者から放たれる「メンタルが弱いな」という一言。
でもその言葉が、次の試合の子どものプレーを左右しているとしたら──
私たちは、少しだけ立ち止まって考える必要があるのかもしれません。
「メンタルが弱い」という見方は本当に正しいのか。その言葉が子どもに与えている影響を、研究やデータをもとに、事実から見直していきます。
今回は、そもそも「メンタルが弱い」という評価は、どこまで根拠のあるものなのかを考えていきます。
「メンタルが弱い」は、本当に事実なのか?
ジュニアテニスの現場では、負けた理由として「メンタルが弱いから」という言葉が、ごく自然に使われることがあります。
しかし、子どもの成長を研究している心理学や脳科学の分野では、子どもの心を「強い・弱い」という性格の問題として見ることは適切ではないと考えられています。
たとえば、
子どもの脳の発達を長年研究しているアデル・ダイアモンドらの研究では、緊張や不安を抑えたり、気持ちを切り替えたりする力は、思春期以降まで、ゆっくりと育っていくことが分かっています。
つまり、
- 大事な場面で体が硬くなる
- ミスを引きずってしまう
- 急に弱気になる
こうした反応は、「メンタルが弱いから」起きているのではなく、まだ心の整理や切り替えが発達途中であるために起きている、年齢相応の反応なのです。
これは特別な話ではなく、
世界最大級の心理学団体であるAmerican Psychological Association(アメリカ心理学会)でも、「子どもの感情コントロールは、成長とともに身についていくもの」と繰り返し説明されています。
できないことがあるのは欠点ではなく、これから育っていく途中にある、自然な状態だと、多くの研究は示しています。
子どもは「評価された言葉」どおりに育ちやすい
もう一つ、はっきり分かっていることがあります。
それは、子どもは周りの大人からかけられた言葉を、そのまま「自分はどういう人間か」という理解に使いやすいということです。
教育心理学の世界でよく知られているのが、ロバート・ローゼンタールとレノア・ジェイコブソンによる研究です。
この研究では「この子は伸びる」と伝えられた子どもたちが、実際に成績や行動を大きく伸ばしたことが報告されています。
大切なのは、子ども自身が変わったのではなく、周囲の見方や関わり方が変わったという点です。
同じように、
- 「本番に弱いタイプだ」
- 「集中力がない」
- 「メンタルが弱い」
こうした言葉を繰り返し聞いた子どもは、それを事実かどうか考える前に、「自分はそういう選手なんだ」と受け取ってしまうことがあります。
これは、甘えでも逃げでもありません。
まだ自分の心を、自分の言葉で説明できない時期だからこそ、大人の言葉を借りて自分を理解しているのです。
心理学者のキャロル・ドゥエックも、「あなたはこういう子だ」と決めつけられるより、「ここまで頑張れたね」「まだ伸びている途中だね」と伝えられた方が、子どもは困難な場面でも粘り強く行動できることを示しています。
つまり、「メンタルが弱い」という言葉は、今の状態を説明しているようで、その後の行動や挑戦の仕方まで決めてしまう力を持っているということです。
タイブレークで負けた試合のあと、何が起きているのか
ここで、よくある場面を考えてみましょう。
タイブレークで競り負けた試合のあと。
「メンタルが弱い」と伝えた場合
「おまえはメンタルが弱いから、タイブレークで負けたんだ」
この言葉が伝えるのは、「負けた理由は、努力では変えられない性格だ」というメッセージです。
すると次に同じ場面が来たとき、子どもの頭にはこうした考えが浮かびやすくなります。
- またダメかもしれない
- タイブレークは苦手だ
- 失敗したら、やっぱり弱いと思われる
結果として、体より先に心が縮み、本来の力を出せなくなってしまいます。
「メンタルが強い」と伝えたケース
「負けたけど、タイブレークまで戦えたのは強さだね」
一方で、同じ事実に対して、こう声をかけられたらどうでしょうか。
この言葉は、「自分はプレッシャーの中でも粘れる選手だ」という見方を、子どもに手渡します。
すると次にタイブレークが来たとき、怖さはあっても、“逃げる場面”ではなく“また戦える場面”として迎えやすくなる。
同じ試合、同じ結果でも、意味づけが変わるだけで、その後の行動が変わるのです。
「メンタル」は、鍛える前に“語られている”
スポーツ心理の分野でも、メンタルは「生まれつき強い・弱いもの」ではなく、環境や経験、周囲の関わりによって変わるものと考えられています。
たとえば、
国際的な育成指針を示しているITF(国際テニス連盟)でも、ジュニア期の選手に対しては、結果よりも「経験の積み重ね」や「前向きな意味づけ」を重視する考え方が示されています。
また、
教育心理学者のキャロル・ドゥエックは、子どもが「自分は変われる」と信じられるかどうかが、挑戦や回復力に大きく影響することを示しました。
ここで大切なのは、子どもがどう考えるかより前に、大人がどう語っているかという点です。
「メンタルが弱い」という言葉は、本当に必要だろうか
この回でお伝えしたかったのは、「正しい声かけをしよう」という話ではありません。
ただ一つの問いです。
その言葉は、
子どもの次の一歩を軽くしているだろうか。
それとも、重くしてしまっているだろうか。
「メンタルが弱い」という言葉は、説明としては分かりやすいかもしれません。
でもそれは、子どもを理解する言葉ではなく、子どもを縛ってしまう言葉になることがあります。
次回は、では「メンタルが強い」とは何なのか。
それを、子どもが力にできる言葉にどう置き換えていけばいいのかを考えていきます。
引用・参考文献
- Diamond, A.(2013)
Executive Functions.
Annual Review of Psychology, 64, 135–168.
(子どもの実行機能〈感情調整・抑制・切り替え〉の発達に関する代表的レビュー論文) - American Psychological Association(APA)
Developing Adolescents: A Reference for Professionals.
(子ども・思春期の感情コントロールは発達段階に依存することを示した公式資料) - Rosenthal, R., & Jacobson, L.(1968)
Pygmalion in the Classroom.
New York: Holt, Rinehart & Winston.
(期待やラベルが子どもの行動・成績に影響することを示した古典研究) - Dweck, C. S.(2006)
Mindset: The New Psychology of Success.
Random House.
(能力や特性は固定的ではなく、捉え方によって行動や回復力が変わることを示した研究) - International Tennis Federation(ITF)
ITF Player Development Pathway / Junior Development Guidelines
(ジュニア期は結果より経験と環境を重視するという国際的育成指針)

