「ラケットを置く時間は、情熱を再び灯すための薪（まき）となる。」
毎週末のように試合会場へ足を運び、学校が終われば練習へ向かう日々。ジュニアテニス選手とそれを支える保護者の皆様にとって、1年はあっという間に過ぎていきます。
しかし、12月中旬から年末にかけては、試合数が減り、テニス界における「束の間のオフシーズン」が訪れます。
「ここで休んだらライバルに差をつけられるのでは？」という不安がよぎるかもしれませんが、実はこの時期の過ごし方こそが、来シーズンの飛躍を決める鍵となります。
今回は、スポーツ科学のデータをもとに、心と体を強くするオフシーズンの過ごし方をご紹介します。
「練習しすぎ」が招くリスクと、回復の科学
「もっと練習しなければ勝てない」。その向上心は素晴らしいものですが、成長期の子どもたちにとって、終わりのない負荷は大きなリスクを伴います。
米国スポーツ医学会（AMSSM）が発表したコンセンサス声明によると、ジュニアアスリートにおける「オーバーユース（使いすぎ）」による怪我は、全体の怪我の約50％を占めるとされています（DiFiori et al., 2014）。
特に、同じ動作を繰り返すテニスは、特定部位への負担が蓄積しやすいスポーツです。
この短いオフシーズンは、目に見えない「マイクロトラウマ（微細な損傷）」を修復する絶好のチャンスです。ラケットを握らない日を数日設けることは、決してサボりではなく、体をメンテナンスするための「積極的な投資」なのです。
テニス以外の動きが、テニスをうまくする
「ラケットを置く」と言っても、家でずっと寝ているだけが休息ではありません。ここでおすすめしたいのが、「クロストレーニング（異種競技トレーニング）」です。
テニスは前後左右への激しい動きを伴いますが、使う筋肉や動きのパターンはある程度決まっています。
国際テニス連盟（ITF）や多くのスポーツ研究では、早期に一つの競技に特化しすぎること（早期専門化）が、バーンアウト（燃え尽き症候群）や怪我のリスクを高めると警鐘を鳴らしています。
このオフ期間に、例えば水泳で全身をほぐしたり、サッカーで足技を楽しんだり、バスケットボールでジャンプ動作を行ったりしてみてください。普段使わない筋肉や神経系を刺激することで、身体のバランスが整い、結果としてテニスのパフォーマンス向上につながります。
「遊び」の中にこそ、運動能力を高めるヒントが隠されているのです。
「テニスを忘れる時間」がメンタルを充電する
身体の休息と同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが「心の休息」です。これをスポーツ心理学の用語で「サイコロジカル・ディタッチメント（心理的切り離し）」と呼びます。
常に勝敗やランキング、フォームの修正点について考えている状態は、子どもの脳に大きなストレスを与え続けています
研究によると、競技から心理的に距離を置く時間を持つ選手ほど、燃え尽きを防ぎ、長く高いモチベーションを維持できることが分かっています。
この年末は、家族旅行に行ったり、映画を見たり、ただただ友達と笑い合ったりして、「テニス選手ではない自分」を楽しむ時間を大切にしてください。
親御さんも、この時期だけは食卓でテニスの話題を封印してみてはいかがでしょうか。その「空白」が、年明けに「またテニスがしたい！」という新鮮な飢餓感を生み出します。
来年を描く「ピリオダイゼーション」の魔法
休養とリフレッシュができたら、オフの最後に少しだけ時間をとって、親子で「作戦会議」を開きましょう。
スポーツトレーニングの理論には、「ピリオダイゼーション（期分け）」という考え方があります。1年間を「準備期」「試合期」「移行期（オフ）」などに分け、計画的にトレーニング強度を変えていく手法です。
この年末は、まさに1年の区切り。 「今年はフォアハンドが安定したね」「あの試合の粘りはすごかったね」と、まずはできたこと（Good）に目を向けて承認してあげてください。その上で、「来年はどんな選手になりたい？」と問いかけ、ワクワクするような目標を一緒に立てましょう。
がむしゃらに走るのをやめ、地図を広げて目的地を確認する。この静かな時間が、来年のスタートダッシュを力強いものにしてくれます。
休息は、次の勝利への「助走」
ジュニアテニスの世界には、完全なオフシーズンはありません。だからこそ、この12月の短い空白期間は、神様がくれたプレゼントのようなものです。
「休む」ことへの恐怖を手放してください。 体と心の回復（リカバリー）は、トレーニングの一部です。 十分に充電された子どもたちの目は、きっと年明けのコートで、これまで以上に輝いているはずです。
皆様が良いお年を迎え、新たな気持ちでテニスと向き合えることを心より応援しています。
引用元
- DiFiori, J. P., et al. (2014). Overuse injuries and burnout in youth sports: A position statement from the American Medical Society for Sports Medicine. British Journal of Sports Medicine.
- International Tennis Federation (ITF). (2020). Junior Tennis Initiative.
