「成長を分けるのは、失敗の数ではなく、失敗のあとに自分をどう扱うか。」
試合で負けたあと、ミスを重ねたあと、選手の心の中ではさまざまな感情が渦巻きます。
近年のスポーツ心理学では、そうした失敗の場面で自分を過度に責めず、立て直していく力が、パフォーマンスや成長に深く関わることが示されています。
本コラムでは、その鍵となる「セルフ・コンパッション」という考え方を、研究をもとに紹介します。
失敗のあと、選手の中で起きていること
試合中のミスや敗戦は、単なる技術的な問題にとどまらず、感情や思考にも大きな影響を与えます。
スポーツ心理学の研究では、失敗の直後に強い自己批判が生じると、感情の回復が遅れ、その後の判断やプレーに悪影響を及ぼしやすいことが報告されています。
つまり、「負け」や「ミス」は、それ自体よりも、その後にどんな心の反応が起きるかが重要なのです。
セルフ・コンパッションとは何か
セルフ・コンパッション(Self-Compassion)は、心理学者クリスティン・ネフ博士によって提唱された概念です。
セルフ・コンパッションとは、簡単に言えば、失敗や苦しい状況に直面したとき、自分を過度に責めず、人として自然な経験として受け止める姿勢を指します。
重要なのは、セルフ・コンパッションは「甘やかし」ではないという点です。
反省や努力を否定するものではなく、むしろ立ち直り、次の行動に向かうための土台として位置づけられています。
研究が示す「回復できる選手」の特徴
アスリートを対象とした海外研究では、セルフ・コンパッションの高い選手ほど、
・失敗後の感情の回復が早い
・自己批判が少なく、建設的な対処行動を取りやすい
・心理的な安定や主観的パフォーマンスが高い
といった傾向が示されています。
さらに、短時間のセルフ・コンパッション介入によって、失敗への受け止め方や心理的ウェルビーイングが改善したという報告もあります。
これらは、「負けをプラスに変える力」が、生まれつきの性格ではなく、後天的に育てられるスキルであることを示唆しています。
ジュニア期に、セルフ・コンパッションが重要とされる理由
若年アスリートは、大人に比べて失敗への感情反応が大きくなりやすいとされています。
そのため、ジュニア期に「負けた自分をどう扱うか」という視点を身につけることは、競技を続けていく上で重要な意味を持ちます。
研究が示しているのは、「気持ちが強い子」よりも、「失敗後に回復できる子」が、長期的な成長につながりやすいということです。
セルフ・コンパッションを高めるための実践的な技法― 選手・保護者・コーチが明日からできること ―
セルフ・コンパッションは、日常の関わりの中で育つ心理的スキルです。
ここでは研究で用いられてきた枠組みをもとに、立場別に整理します。
【選手】失敗後に使える3ステップのセルフトーク
セルフ・コンパッション研究では、失敗時のセルフトーク(自分自身に心の中で語りかける言葉)が重視されています。
1.感情を認める
「悔しい」「うまくいかなかった」と、今の気持ちを言葉にする。
2.失敗を一般化する
「試合では誰でもミスをする」「自分だけではない」と位置づける。
3.次の行動に目を向ける
「次にできることは何か」と、行動に意識を戻す。
この3つをセットにして、セルフトークすることをクセづけておくと良いでしょう。
【保護者】結果直後は「分析」より「受容」
研究では、失敗直後に評価や指摘を急ぐと、自己批判が強まりやすいことが示唆されています。
避けたい言葉
「なんであそこでミスしたの?」
代わりに使いやすい言葉
「悔しいよね」
「一生懸命やっていたのは伝わったよ」
試合直後は“正しいことを言う”より、“気持ちを受け止める”ことを優先するだけで、子どもの回復は大きく変わります。
【保護者】振り返りは時間を置いて
感情が高ぶっている状態では、学習効率が下がるとされています。
そのため、
・試合直後:感情の整理
・数時間後〜翌日:技術・戦術の振り返り
という時間差アプローチが、回復と学びの両立につながります。
「今は振り返らない時間」と最初から決めておくことで、親子ともに感情的なすれ違いを防ぎやすくなります。
【コーチ】ミスへの反応は「事実+次の行動」
人格評価ではなく、行動レベルでのフィードバックが、心理的安全性を高めます。
声掛けの例
「今のポイントは○○だった」
「次は△△を意識しよう」
これにより、ミスは「自分がダメ」ではなく、修正可能な情報として受け取られます。
指摘のあとに必ず「次にできる具体的な行動」を添えることで、選手の思考は自己否定ではなく修正に向かいます。
【コーチ】失敗経験を成長の文脈に置き直す
研究では、失敗を成長の一部として再構成する言語化が、回復を助けることが示されています。
声掛けの例
「今日は結果は出なかったけど、挑戦はできていた」
「この経験を次にどう生かすかが大事だね」
結果を否定せず、経験の位置づけを変える言葉が、選手の中に「次につながる意味」を残します。
回復する力は、育てられる
負けやミスを避けることはできません。
しかし研究が示しているのは、その後にどう立ち直るかは、学び、育てていける力だということです。
ジュニア期に経験する失敗は、結果以上に、その受け止め方が未来を形づくります。
セルフ・コンパッションという回復の力は、テニスだけでなく、人生そのものを支える土台にもなっていくはずです。
引用元
Mosewich, A. D., et al. (2013). Self-compassion in the context of sport. Journal of Sport & Exercise Psychology.
Neff, K. D. (2003). Self-Compassion: An Alternative Conceptualization of a Healthy Attitude Toward Oneself. Self and Identity.

