ジュニアテニスとドーピング―「まだ子どもだから」は通用しない時代へ

薬を飲む子ども
  • URLをコピーしました!

「知らなかった」では守れない。ジュニア期からのクリーンスポーツ教育を。

ドーピングという言葉を聞くと、「オリンピック選手やプロだけの問題」と感じる方も多いかもしれません。

しかし、国際テニス連盟(ITF)のジュニア大会や日本の全国大会に出場する子どもたちも、すでに大人と同じアンチ・ドーピング規程のもとにプレーしています。

このコラムでは、ITFジュニアの規程や国内外の研究・データから、ジュニアテニスにおけるドーピングの現状と、いま保護者と子どもが「具体的に何をすればよいか」を整理してお伝えします。


目次

小見出し1|「ジュニアだから関係ない」はもう昔の話

テニス界には「テニス・アンチドーピング・プログラム(Tennis Anti-Doping Programme/TADP)」という共通のルールがあり、ITFジュニアの国際大会もこの対象に含まれます。

TADPは、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)のコードに基づき、「選手の健康を守り、テニスの公正さを守ること」を目的として定められています。

ポイントは次の3つです。

  1. ジュニアでも「選手本人の責任(ストリクト・ライアビリティ)」
    • 体の中から禁止物質が出てきたら、「知らなかった」「コーチに渡された」では原則として通用しません。
    • 薬やサプリメントを選ぶ責任は、名目上は「選手本人」にあります。
  2. ITFジュニアでは、トップ選手には教育受講が必須
    • 2025年のITF World Tennis Tour Juniors規程では、ジュニアランキング上位選手には、ITFアカデミーのオンライン講座(ルールやアンチ・ドーピングを含む)の受講が義務づけられています。
  3. 日本国内でも全国大会レベルはすでに「アンチ・ドーピング対象」
    • JADA(日本アンチ・ドーピング機構)は「国内最高レベルの競技大会」に出るアスリートを、日本アンチ・ドーピング規程の対象と定め、治療使用特例(TUE)の申請なども必要となる場合があります。

つまり、「うちの子はまだジュニアだから関係ない」ではなく、強くなればなるほど、早い段階から“ドーピングの知識”が必須になっているのが現状です。

研究が示す「思ったより近い」ドーピングの現実

「とはいえ、周りでドーピングなんて聞かないし…」と感じる方もいると思います。
ただ、世界の研究データを見ると、ジュニア期でもドーピングは決して無縁ではないことが分かっています。

  • 思春期アスリートの3〜5%がドーピング経験と回答
    • フランスなどで行われた研究では、思春期の競技者のうち約3〜5%が「禁止薬物を使ったことがある」と答えたと報告されています。
    • さらに、ドーピングの開始が8歳ごろから見られたという報告もあり、「まだ小学生だから大丈夫」とは言えない実態が示されています。
  • エリート選手では6.5〜9.2%という推計も
    • アメリカのエリートアスリートを対象とした最近の研究では、ドーピングの自己申告ベースの推計が**6.5〜9.2%**と報告されています。

これらのデータはテニスに限らず、さまざまな競技を含む調査ですが、「強い選手の世界に近づくほど、“ドーピングの誘惑やリスク”も近づいてくる」可能性が高いことを示していると考えられます。

思春期は、価値観や倫理観が大きく育つ時期です。研究者たちは、「この時期に“クリーンに戦う”価値観を育てることが、その後の競技人生を左右する」と指摘しています。

一番の落とし穴は「サプリ」と「薬」

保護者の方からよく聞くのは、
「筋肉増強剤なんて使わせないから大丈夫」
「うちの子はそんなことしない」
という声です。

しかし、各国のアンチ・ドーピング機関が口をそろえて警告しているのは、“意図せぬドーピング違反”のリスクです。その主な入り口が、

  • 市販薬(風邪薬、喘息薬、鼻炎薬など)
  • スポーツサプリメント(プロテイン、エナジードリンク、筋力アップ・減量系サプリなど)

です。

WADA禁止表と「知らないうちにアウト」の危険

WADAは毎年、「禁止物質・方法リスト」を更新しています。2025年版の禁止リストでも、筋肉増強薬、ホルモン、利尿剤、興奮剤など、多くの成分が競技会中・競技会外で禁止されています。

一方で、カフェイン(コーヒーなど)は現在は禁止ではなく、モニタリング対象とされています。ただし、高用量の摂取については各競技団体が注意喚起をしています。

問題は、こうした成分が

  • 市販の風邪薬やぜんそく薬
  • 「脂肪燃焼」「筋肉増強」「プレワークアウト」などをうたうサプリ

知らないうちに含まれているケースがあることです。

サプリの3分の1に禁止物質が含まれていた調査も

オーストラリアで行われた最近の調査では、市販のスポーツサプリ200製品を分析したところ、35%にWADA禁止物質が含まれていたと報告されています。その多くはラベル表示がなく、選手が成分を見ても分からない状態でした。

また、サプリメント使用とドーピングの関係を調べたメタ分析では、サプリを使うアスリートは、そうでないアスリートに比べて約2.7倍ドーピングに関わる可能性が高いと報告されています。

この研究は、「サプリを飲んだから必ずドーピングする」という意味ではありません。
ただ、「サプリ使用=ドーピングへのハードルが下がりやすい環境になりやすい」と解釈できる、と考えられます。

3)日本でもジュニア向けに教育が拡大

日本テニス協会(JTA)は、JADAと連携し、全日本ジュニアや全国小学生テニス選手権などの会場で、ジュニア選手向けのアンチ・ドーピング講習やブースを継続的に行ってきました。

JADAも、アスリートだけでなく、家族・指導者向けの教材を整備し、「年齢に合わせた分かりやすい表現」で情報提供を進めています。

ITFジュニアが求める「最低限の知識」とは

ITFとテニス・インテグリティ機関(ITIA)は、世界中のジュニア選手を対象に、オンラインでの必修インテグリティ教育(不正行為・ドーピング・八百長防止など)を進めています。

ITFアカデミーでは、

  • ITF World Tennis Tour Juniorsのルールやマナー
  • アンチ・ドーピングの基本
  • クリーンスポーツの価値観

などを学べるオンラインコースが用意されており、ジュニアランキング上位者には受講が義務化されています。

「英語だからまだ早いかな…」と思うかもしれませんが、いつか海外に出たいと思うなら、ここに出てくる単語が“日常語”になります。

  • banned substance(禁止物質)
  • whereabouts(居場所情報:将来トップ選手になると要求されることがあります)
  • TUE(治療使用特例:病気の治療であえて禁止物質を使う必要がある場合の特例)

こうした言葉に、ジュニアのうちから少しずつ触れておくことが、「知らないうちに違反していた」を防ぐ第一歩になります。


小見出し5|今日から親子でできる「ドーピング予防の5か条」

ここからは、研究や各機関の情報をふまえたうえでの「実践的な提案」です。
ジュニアテニスの保護者として、今日から意識できることを5つにまとめます。

① サプリは「原則いらない」と考える

小・中・高校生の段階では、バランスの良い食事・十分な睡眠・適切なトレーニングが何よりの“合法ドーピング”です。

  • 成長期の身体に、よく分からないサプリを入れる必要はほとんどありません。
  • どうしても必要かを判断するのは、栄養に詳しい医師や管理栄養士であって、SNSやジムのトレーナーではありません。

※もしどうしてもサプリを使う場合は、

  • JADAや各国の公的機関が紹介している「第三者認証(インフォームドチョイスなど)」を受けた製品を選び、
  • それでもリスクゼロではないことを親子で共有しておくことが大切です。

② 薬は「競技者であること」を必ず伝える

  • 病院や薬局では、必ず「テニスで全国大会を目指している/出ている」ことを医師・薬剤師に伝えるようにします。
  • 全国大会クラスであれば、日本アンチ・ドーピング規程上「国内レベルアスリート」に該当する可能性があり、禁止物質を含む薬はTUE申請が必要になることもあります。

「この薬は大丈夫かな?」と少しでも不安があれば、その場でスマホでWADA禁止リストやJADAの情報ページを一緒に確認する習慣をつけておくと安心です。

③ ITF・JADA・JTAの教材を「親子で一緒に」受けてみる

は、どれも「クイズ形式」「動画形式」でつくられていて、難しい理論書ではありません。

子どもだけに任せるのではなく、「一緒にやってみようか」と親子でログインすることが、最大の予防策になります。

④ チームで「怪しいものは使わない」ルールを作る

研究では、選手のドーピング行動や意識は、コーチやサポートスタッフの知識・態度の影響も大きいことが示されています。

  • コーチから「このサプリいいよ」と言われたら、
    • いったん持ち帰って親がチェックする
    • 成分・メーカー・認証状況を調べる
    • 「分からないものは使わない」
      というシンプルなルールをクラブ単位で共有することが大切です。

⑤ 「ズルしないで勝つこと」を、日常会話で言葉にする

思春期は、倫理観や価値観が形づくられる大事な時期です。

「今日は勝った/負けた」だけでなく、

  • 「今日はどんなチャレンジができた?」
  • 「自分の力でやり切ったところはどこ?」

といった質問を、試合後の会話に少しずつ混ぜてみてください。

「自分の身体を大切にしながら、自分の力で勝つことがかっこいい」という価値観が根づけば、禁止薬物の誘惑が来たときの「心のブレーキ」になります。

クリーンに戦う力も、立派な「競技力」

ドーピングは、「プロになってから学べばいい」テーマではありません。
ITFジュニアや全国大会に出場するレベルの子どもたちは、すでに大人と同じ規程のもとでプレーをしており、
サプリや薬の選び方を一歩間違えれば、競技人生に大きな傷を残しかねません。

一方で、世界中でアンチ・ドーピング教育の仕組みは整ってきています。
ITFアカデミー、ITIAのインテグリティ教育、日本ではJADAやJTAの教材…。

保護者が「難しそうだから」と距離を置くのではなく、
「いっしょに学んでみよう」と子どもの隣に座ること。

それこそが、ジュニア期にできるいちばん確実なドーピング予防であり、
将来、世界に挑戦するときの大きな安心材料になるはずです。

引用元

薬を飲む子ども

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次