「早く勝てることは、長く伸びることを保証しない。」
ジュニアテニスの現場では、「早生まれの方が有利」という感覚が経験的にあります。
しかし、その“有利さ”はどこまで続くのでしょうか。
近年の研究やデータを丁寧に見ていくと、テニス独自の育成環境が早生まれ優位を強める一方で、成長とともにその差が消え、時に逆転するという事実が浮かび上がってきます。
なぜ「早生まれが有利」と言われるのか──最も基本的なデータ
「早生まれが有利」という話は、感覚や印象ではありません。
スポーツ科学では、まず出生月分布データを確認します。
これは、あるカテゴリー(例:U14のトップ100選手)において、何月生まれの選手がどれくらい存在するかを集計する、最も基本的な分析です。
その結果、テニスを含む多くのスポーツで共通して、
- 年の前半(1〜3月)生まれの選手が過剰に多い
- 年の後半(10〜12月)生まれの選手が有意に少ない
という偏りが確認されています。
これは偶然ではなく、統計的にも有意な差です。
実際、スポーツ科学者であるCobleyら(2009)は38競技・190以上の研究を統合し、相対年齢効果(RAE)はほぼすべての競技で確認される現象であると報告しています。
早生まれの選手に起きやすいこと
これは能力差ではなく、環境からのフィードバックの差によるものです。
早生まれの選手は、
- 同年代の中で
- 体が大きい
- 動きが速い
- 力が強い
- その結果
- 試合に勝ちやすい
- 褒められやすい
- レギュラーや上位グループに入りやすい
周囲から「運動が得意」「センスがある」と評価されやすくなります。これは本人の主観ではなく、指導者・保護者・選抜制度からの一貫したメッセージです。
早生まれの子がスポーツを続けているのは、得意だからではなく、「得意だと思える経験」を積みやすいから。遅生まれの子が辞めてしまうのは、苦手だからではなく、「苦手だと思わされる経験」が多いから。
能力の問題ではありません。環境と評価の問題で、早生まれの数が多いということです。
なぜテニスでは「早生まれ優位」が強く出やすいのか
相対年齢効果(Relative Age Effect)は多くのスポーツで確認されていますが、テニスは特に影響を受けやすい競技だと指摘されています。
その理由は、育成の仕組みにあります。
テニスでは幼少期から、
・個人ランキングが可視化され
・勝敗によって大会出場、遠征、強化指定などの機会配分が決まる
この構造の中で、身体的に成熟が早い=早生まれの選手は、
勝ちやすい → 評価されやすい → 機会が増える
という循環に入りやすくなります。
研究でも、U12〜U16の年代では、年の前半生まれの選手ほど
・出場試合数
・勝利数
・強化機会
が多い傾向が示されています。
ITFジュニアに長く出場できることの両面性
テニス特有の論点として重要なのが、ジュニアカテゴリーの年齢上限です。
ITFのジュニア大会は18歳まで参加可能なため、早生まれの選手は、高校卒業後でもジュニアツアーに残ることが可能です。
一見すると、「長くジュニアで戦える=有利」に見えますが、研究や現場報告では、ここに落とし穴があることも指摘されています。
- 同年代の選手は、すでにプロツアーや大学テニスへ移行
- 早生まれの選手は、“勝てるジュニア”に留まりやすい
その結果、シニアへの移行タイミングを逃すリスクが高まる可能性があります。
ジュニアでの成功が、必ずしも大人のステージでの成功につながらないことは、複数の縦断研究で示されています。
早生まれの優位は、いつまで続くのか
多くの研究が一致して示しているのは、次の流れです。
成長期:相対年齢効果は、U12〜U16で最も強く表れる
成熟期:U18以降、身体成熟の差が縮まり、影響は弱まる
安定期:シニア・プロ段階では、ほぼ消失、あるいは逆転する場合もある
これは、成長スパート(PHV)を経て、身長・筋力・スピードといった身体的差が収束するためです。
つまり、「早生まれ=将来も有利」ではないということが、データからはっきり示されています。
実はある「遅生まれが有利になる」現象
「遅生まれの方が有利」という話もあるそうです。
スポーツ科学では、これを相対年齢効果の逆転(RAE reversal)と呼びます。
遅生まれ・晩熟の選手は、幼少期に
- パワーやスピードで不利
- 勝ちにくい状況
を経験する分、技術精度、戦術理解、状況判断に依存してプレーする必要があります。
その結果、成熟後に身体能力が追いついたとき、一気にパフォーマンスが跳ね上がるケースが報告されています。また、厳しい競争を生き残った選手ほど、シニア移行期の困難に耐えやすい、という指摘もあります。
早生まれ選手が抱えやすい“もう一つのリスク”
一方で、早生まれ選手には、あまり語られないリスクもあります。
- 早期から結果を求められる
- 周囲の期待が大きい
- 成長差が消えた途端、勝てなくなる
こうした経験が重なると、モチベーション低下やバーンアウト(燃え尽き)につながりやすいことが、心理学研究で示されています。
これは、選手個人の問題ではなく、育成設計と評価軸の問題だと考えられています。
生まれ月ではなく、「今どの段階か」を見る
ここまでの研究を整理すると、結論はとても現実的です。
- 早生まれは、早く結果が出やすい
- 遅生まれは、長期的な伸びしろを持ちやすい
- どちらが正解、という話ではない
重要なのは、
- その勝利は「何によって」生まれているのか
- 今は、育成のどのフェーズなのか
を見極めることです。
こちらの記事で、そのことを書いています↓

どの生まれにもチャンスはある
「早生まれ優位」は、才能の差ではなく、テニスの育成環境が生み出す一時的な現象です。
そしてその優位性は、永遠には続きません。
成長とともに差は縮まり、評価は入れ替わります。
だからこそ、保護者やコーチにできる最も大切な役割は、生まれ月に一喜一憂せず、その選手に合ったタイミングと方法で育てること。
ジュニアテニスは、早く勝つための競争ではなく、大人のステージで戦える力を育てる長いプロセスなのです。
参考文献(主要)
- Cobley, S. et al. (2009). Relative Age Effects in Sport. Sports Medicine.
- Baker, J., & Wattie, N. (2018). Compromised learning and RAE reversal. Frontiers in Psychology.
- Güllich, A. (2014). Selection, de-selection and transition. European Journal of Sport Science.
- Gustafsson, H. et al. (2017). Burnout in young athletes. The Sport Psychologist.

