「コートが語りかけるデータは、子どもに「考えるヒント」を与えてくれる」
アメリカ・ミシガン州のテニス施設が、Zenniz(ゼニズ)と呼ばれるスマートコートテクノロジーを導入したというニュースが、海外テニス界で話題になっています。
コートそのものが判定やデータを提供するこの仕組みは、プロだけでなく、ジュニア育成の現場にも新しい可能性を示しています。
今回は、Zennizとはどのような技術なのか、海外ではどのように使われているのか、そしてジュニアテニスにどんな貢献が考えられるのかを、事実ベースで整理します。
Zennizスマートコートとは何か
Zennizは、テニスコートにセンサーやカメラを設置し、ボールの着地点やラリーの流れを自動で記録・判定するシステムです。
最大の特徴は、コート自体が「見て・判断して・記録する」役割を担う点にあります。
主な機能として、公式情報では以下のような点が紹介されています。
■Zennizスマートコートの主な機能
・電子ラインコール機能
ボールがインかアウトかを自動で判定し、視覚的・音声的に示します。
・プレーデータの可視化
ショットの着地点やラリー傾向などを、後から振り返ることができます。
・映像記録機能
練習や試合を録画し、プレーの確認に活用できます。
・練習向けのインタラクティブ機能
ターゲット練習など、ゲーム感覚で取り組めるモードが用意されています。
※これらは主にクラブ施設や育成環境向けの設計であり、ATPやWTAの公式ツアーで標準使用されているシステムとは位置づけが異なります。
海外での導入事例:アメリカとヨーロッパを中心に
2025年時点で確認されている代表的な導入例が、アメリカ・ミシガン州の「Greater Midland Tennis Center」です。
同施設では、Zennizを活用することで、練習環境や大会運営の質を高めることを目的としています
。
また、Zenniz社の公式情報によると、北欧(フィンランド、デンマークなど)やヨーロッパの一部地域、アメリカのクラブ施設を中心に、導入が進んでいるとされています。
これらの事例は、主に以下のような目的で活用されています。
- クラブ内大会での判定補助
- ジュニア選手の練習データ蓄積
- コーチングの補助ツール
日本での導入状況は?
2025年現在、日本国内でZennizを導入したことが公表されているテニス施設は確認されていません。
国内では、タブレットやスイング解析などの部分的なテクノロジー活用は見られますが、コート全体をスマート化するシステムは、まだ一般的とは言えない状況です。
今後、海外動向を受けて試験的に導入される可能性は十分に考えられます。
ジュニアテニスにとっての具体的な価値
Zennizのようなスマートコートは、ジュニア育成において次のような貢献が考えられます。
プレーの振り返りが「感想」から「事実」に変わる
感覚や記憶に頼りがちな振り返りが、映像や数値をもとに行えることで、「なぜミスが多いのか」「どこに打っているのか」を理解しやすくなります。
たとえば同じ“ミスが多かった日”でも、見え方が変わります。
- ミスは多いが、実は深さは出ていてネットミス中心(→スピン量や打点、余裕の作り方がテーマ)
- ミスは多いが、実はショートボールが多くて攻められていた(→足の準備や下がり方がテーマ)
- そもそも左右の偏りが強く、同じ方向に集まっていた(→配球の幅がテーマ)
こうして「原因の候補」が具体化すると、コーチの言葉も変わります。
“もっと丁寧に”ではなく、“今日はここを直そう”に変わる。
ジュニアにとってこれは大きいです。なぜなら、上達のスピードは「気合」より仮説→修正の回数で決まることが多いからです。
試合の“もめごと”が減ると、勝負の学びが残りやすい
ジュニアの試合では、微妙な判定が集中力を乱すことも少なくありません。
自動判定が入ると、すべてがゼロにはならなくても、少なくとも「判定への納得」のために使う心の体力が減ります。
これは保護者にとってもメリットです。試合後の会話が、揉めた記憶ではなく、次につながる内容になりやすいからです。
“数字に強い子”が有利なのではなく、“学びが続く子”が育つ
データというと「数字に強い子だけ得」と思われがちですが、ジュニアの場合は逆で、感覚派の子ほど助けになることがあります。
なぜなら、感覚派の子は「なんとなく良かった/悪かった」に寄りやすく、再現性が課題になりがちです。そこでデータや映像があると、こういう橋渡しができます。
- 「今の“良かった感覚”の時、当たった位置はどの辺?」
- 「“崩れた”のは、ラリーのどの場面から?」
- 「追い込まれた時、いつも浅くなる?」
ポイントは、数字を覚えることではなく、問いを立てられること。
スマートコートは“答え”より、“問いの材料”をくれる道具として価値があります。
コーチングの質が「言語」から「共有物」になる
ジュニア指導は、言葉の伝わり方に個人差が出ます。
- イメージで分かる子
- 言語で理解する子
- 見本を見て一気に入る子
スマートコートの映像・軌道・着地点があると、コーチと選手が同じものを見ながら話せます。
これが何を生むかというと、“納得してやる練習”です。
データや映像が共通言語になることで、「もっと深く」ではなく「この位置まで」という具体的な指導が可能になります。
「楽しさの設計」ができると、継続率が上がる
ジュニア育成で一番怖いのは、技術以前に燃え尽きです。
特に低〜中学年は「上達の喜び」を感じる前に、反復練習が先に来てしまうことがある。
ゲーム性のある練習モードは、ここに効きます。
- ターゲットを狙う(成功が分かりやすい)
- ラリーを続ける(記録が残る)
- 自分のベストを更新する(昨日の自分がライバルになる)
「コーチに褒められた」だけでなく、自分の中で“できた”が積み上がる。
この“自走感”は、ジュニアの継続にとってとても強い支えになります。とって、継続するモチベーションの維持に役立つと考えられます。
ただし注意点:データは“正解”ではなく“補助線”
最後に大事な注意点も置いておきます。
スマートコートは便利ですが、使い方を間違えると逆効果にもなりえます。
- 数字の良し悪しで子どもを評価しすぎる
- 1回のセッションで結論を出しすぎる
- 「映像で見たのにできない」と追い込みすぎる
おすすめは、データの使い方をこの順番にすることです。
- 気づく(何が起きた?)
- 絞る(今日は1つだけ直す)
- 試す(練習で再現)
- 戻る(また見て確かめる)
“全部改善”ではなく、小さな改善を積む。ここがジュニアには一番合います。
テクノロジーは「考える力」を育てる補助線
Zennizスマートコートは、魔法の装置ではありません。
しかし、選手自身が自分のプレーを理解し、考えるための材料を与えてくれるツールであることは確かです。
海外ではすでに、育成やクラブ運営の現場で活用が始まっています。
日本のジュニアテニスにおいても、将来的に「教えられるテニス」から「自分で学ぶテニス」への移行を支える存在になるかもしれません。
テクノロジーは主役ではなく、あくまで成長を支える補助線。
その使い方次第で、ジュニアの学び方は大きく広がっていきそうです。

